大学スポーツは体育会馬鹿か?

 さる3月7日に、本年第一回目の弊社お客様向け勉強会を開催致しました。
 講師に早稲田大学競走部監督礒繁雄氏をお招きしました。礒監督は、著書「体育会力」(主婦の友インフォス2013年10月20日発行)で、体育会系学生の最近の傾向と社会へ送り出すための育成方法を解説されています。礒監督が指導する早稲田大学は、箱根駅伝では常に上位の成績を残し、昨年のリオ五輪では早大OBの大迫選手が5,000Mと10,000M、野澤選手が400Mハードルに出場しました。当日は、体育会の学生を採用する際のヒントや、なかなかマスコミにも報道されない現場レベルの具体的なお話も聞け、参加の皆様には大変満足を頂けました。講演内容を抜粋してお伝えします。

早稲田大学競走部監督 礒 繁雄 氏

■ 講 演

 ご紹介いただきました早稲田大学の礒です。私は体育会の中でも、陸上の世界でずっと歩んできました。体育会の学生の就職といっても、私の専門分野だけの話になることをお許しください。
今日お話の機会を頂き、勉強会のタイトルを相談された際「大学スポーツは体育会馬鹿か?」という過激なものに
させてもらいました。みなさんもご理解頂けると思いますが、4年間大事に育てる教え子ですから、「馬鹿」と言
う表現は過激すぎですが、「今の学生は昔の体育会系と明らかに違います。真面目に勉強してスポーツにも真剣で
すよ。脳みそまで筋肉、などという話は過去のことです。」と伝えたいのです。

【選手の就職活動】

 選手が最終学年になっての我々の課題は、競技力が上がってきた子をどういう風に学生生活を終わらせるかということです。大体1年目は一般的に自分の立場を理解させます。2年目から3年目の半ばまで、ここが競技者として自立するときだと考えています。大学3年の後半から就職活動が始まります。 
 競技力が高い学生は、大学に慣れていろいろと自活してきて、自立と同時に自分の競技者としてのステージにどんどん上がっていきます。大学3年の後半から4年になったところでは、その競技力をさらに向上させるための手法を模索して大迫のように海外に行くものも出てきます。そうすると、当然競技力の向上の方にだけに力を注いでしまって就職活動を疎かにしてしまうことになります。競技力が高ければ高いほど、必然的に就職活動に対してあまり興味を持ちません。この切り替えが上手にできると就職活動でも成功できるのですが、できる選手が少ないのが現状です。そんな中、近年競走部では若手OBの就職セミナーを開いています。就職すること、社会に出ることを先輩に体験談として語ってもらい、相談できる場を作っています。競技ですから、勝たせてあげることが大きな目的ですが、大学4年間の競技生活をどう終わらせて次へ進ませるか、ということも我々の大切な仕事なのです。

【実業団チームと学生スポーツの違い】

 大学スポーツは差別化されています。平等は、絶対に上手くいきません。
差別化というのは、はっきり言って部の中で強いやつにお金を使って、弱いやつにはお金を使わないということです。合宿でも強いやつだけ連れていって、弱かったら連れていかない。そこで文句を言われようがなんであろうが、これは学生自治活動なのです。
 皆さんから一番注目される箱根駅伝のメンバー選考においても、1ケ月前位からポイント練習というものを何回かやります。そのポイント練習でタイムがギリギリだったメンバーは確実に外します。そうしないと、チームがまとまらないのです。だからチームは明確な順位を練習の結果からつけておきます。選手もポイント練習でしっかりとした結果を残さなければいけない、結果がでなかったら選ばれない。非常に明解です。これでチームはまとまります。
 じゃあそのチームを勝たせるのは何か。個人なんです。この個人の能力が高くならない限り上手くいかない。チーム力を高めるっていうのはある程度までできるんですが、陸上の中でも駅伝のような競技はチーム力で一番になるっていうのは、最後は個人の力なのです。強い選手がチームに刺激をもたらすし、頼りにもされるのです。昔であればきつい練習をさせ、残る選手だけを大会にエントリーさせる。勝負に徹した分かりやすい決め方でした。今は、科学的トレーニングも指導者が取り入れ、選手全体の底上げを狙います。そんな中、駅伝は特に選手にも自らが目標を決めチームを意識した練習をさせます。ここが学生体育会のスポーツの特徴だと思います。社会に出て実業団に入ったら、こうはいきません。生き馬の、ではありませんが生き残りをかけて、自分だけが仲間より上のタイムを出さないと大会に出れません。大会でユニフォームの会社名をいかに目立たせるかが、一番の目的です。
 ですから、まだ学生のチームを意識した競技期間中に、組織や社会人の基礎を学んでいると考えています。

【最近の学生気質】

 冒頭の挨拶で言いましたが、今の学生達は本当に真面目で大学は高校の延長みたいな形になっています。授業に真面目に出ます。私の学生時代は、授業に出た優秀なクラスメートのノートをコピーさせてもらっていました。ただ真面目なのですが、授業は出るものという決まりだから出る、というような受身の姿勢で、学生の自立性であったり、主体性であったりができにくい環境にもなっています。大学側も学生から学費を貰ってるんで、なるべく学生に対するフォローアップをします。そうすると高校にどんどんと近づいていきます。
 大学生活の中でも、友達とのいざこざがあったとか、飲み会に行ったら自分は二次会によんでもらえなかったとか。普通だったらまあ別にしょうがないんじゃないの?って思うんですが、もうすごくそれが心に残って離れない。最近の学生ではこんな話結構多いんです。
 早稲田の学生は高校時代に教えてもらったことを、しっかり頭に入れて入学して来ますから賢いですよ。大学に入ったときから、知識がいっぱいあるんです。知識がいっぱいあるのに、行動、決断ができない。決断して、行動への一歩を踏み出せないのです。人事の皆さんもおわかりのように、頭がいいのに、決断・行動しないため、自分でどんどん悩み4年間の中でストレス性の病気になってしまう学生が増えています。
 実は、大学の教員についても同じようなことが起きています。論文を書いたり海外との交流などもあり教員も意外と忙しい。授業を休講にして学会発表に行くと、今は補講をちゃんとしなきゃいけない。
 我々の時代、学生は「休講は万歳!」でしたよね。今は、学生から「先生、補講いつやってくれるのですか?」って言われるんです。いや~、教員も休めない。学生のストレスの相談にのっているうちに、自分自身がつぶれてしまう。これが今の大学の現状です。最近大学の教員やりたいっていう人は段々少なくなっています。まあ、これは早稲田のような私立の場合です。国立は少し違うと思いますが。
 世の中、3年で3割転職とか、いや5割だとか報道されますが、大学教員の転職も多くなっています。
そうなると、昔のような大学のカラーが薄れています。○○大学はバンカラで、○○大学はアカデミック、みたいな校風自体がなくなりつつあります。送り出す先生側がそう感じているのですから、企業の人事の皆さんも、どこの大学生も皆同じで個性も校風もないと感じられているのではないでしょうか?古い私のような人間からすると時代の流れを感じて、少し寂しい気もします。

【企業に入って成果がでる選手】

 先ほどチームの話をしました。駅伝はチーム制です。箱根であれば、往復10名がタスキをつなぎます。
 私は早稲田大学とはこういうものなんだ、という話を選手によく話します。それは早稲田大学の長距離も短距離も「陸上部」という名前ではないのです。瀬古さんの時代も代々「競走部」なんです。実は他の大学は運動部だったり陸上部だったりします。要は、学生スポーツなんですが、「競走」「勝敗」を意識させています。結果を出すように指導しています。そして、我々が大学陸上界をリードして行くんだ、と強く意識させています。こんな指導から、世界と戦えるロンドン五輪に出場した槍投げのディーン元気や、リオ五輪に日本代表となった長距離の大迫、400mハードルの野澤が育ってくれました。
 今日は採用ご担当の皆さんが参加されているとお聞きしました。では、どんな選手が企業にお薦めなのかをお話します。正直に言いますと、先ほど話した日本代表クラスのディーン元気や大迫はお薦めしません(笑)。競技では実績出していますが、ここだけの話ですので他言無用ですが、企業に入っても扱い辛いと思います。我が強いですし、超負けず嫌いです。マネジメントが難しいと思いますよ。まあ、彼らもサラリーマンになろうと思っていないでしょう。
 それと、箱根駅伝などで活躍した選手も基本的には、実業団の先輩のツテや、監督の繋がりで就職が決まっていきます。私のお薦めは、挫折組み。長距離は特に箱根駅伝がありますから、誰もがテレビに出て目立とう、育ててくれた両親に雄姿を見せたい、との思いで入部してきます。ただ、大会で走れる数には限りがあります。多くの選手が2軍・3軍でくすぶって補欠にもなれません。それが現実です。そんな現実の中でも4年間きつい練習を経験してきた選手は、強い気持ちを持っています。簡単に諦めることをしません。ですから、皆さんのところにずっと陽の目を見なかった3軍の選手が面接に行ったら、是非前向きにお考え下さい。
 挫折組と言いましたが、残念ながら早い機会にケガをしてしまう選手も以外に多くいます。競技を続けるのか、引退するのか順調な選手より、多くの悩みを抱え決断をする機会があります。そんな経験のある選手もお薦めです。あと裏方、いわゆる競技に出ないマネージャー達も、学生時代に選手よりも社会との交渉や接点があり苦労もしています。過去にマネージャーで多くの企業で成功しているケースがあります。
 いろいろマスコミには話さない、ここだけの話も含めて私の勝手な発言に終始してしまいました。
 ご参考になれば幸いです。ご清聴ありがとうございました。

インサイト No.50
2017年6月28日

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