知的障害者に導かれた企業経営から〜皆働社会実現への提言〜
さる5月15日開催の勉強会では、日本理化学工業株式会社の大山泰弘会長を講師にお招きしました。日本理化学工業さんは、川崎に工場があるダストレスチョークのメーカーで、従業員が約80名の中小企業です。大山会長が先代から引き継がれ、知的障害者を採用してから、カンブリア宮殿や報道ステーション等に報道されました。更に、法政大学の坂本教授の著書「日本でいちばん大切にしたい会社」の初版の一番最初に紹介されてから、一躍脚光を浴びました。現在、全社員の70%が知的障害をかかえながら仕事をしていますが、仕事に支障をきたすどころか、ある場面では健常者以上に成果もあげる仕組みができあがっています。
いろいろなご苦労があったはずですが、大山会長はご自身が障害を持った社員の方々から学んだ、ともおっしゃっています。仕事に対する障害者の方たちの真剣な姿勢は、我々健常者も学ぶべき話が盛りだくさんでした。当日の抜粋をレポート致します。
日本理化学工業株式会社 取締役会長 大山 泰弘 氏
■ 講 演
【はじめに】
私ごときちっぽけなチョーク屋がお話しするなんて大変おこがましい限りですが、あえて図々しく参りました。それと申すのも私の会社は小さな会社ですれども現在、川崎と北海道の両工場で全従業員77名のうち57名、四分の三近くが知的障害者であります。最初はまごついていましたけれども「お伝えすべきこと、しなくてはいけないこと」があるんじゃないかなと思い、本日参りました。
【日本理化学工業:伝えたいこと】
昭和7年に親父が文具雑貨の卸をしてまして、日本国内でチョークの原料となる上質な炭酸カルシウムが採れる事が判明。チャレンジして昭和12年に日本理化学工業という会社を作りました。チョーク業界では一番遅くの参入ですが、お陰様で現在国内では、シェアは全国の40%弱のトップメーカーです。チョーク屋というのは大企業が参入しない業界で小さな企業でもトップになれる。トップだから凄いと言うんじゃなく四分の三も知的障害者が働いていて、一番遅れて作った会社が国内トップに現在なっているという事。当社の経営がちゃんとしているという事では決してなく、「知的障害者は企業の対応によっては間違いなく貴重な戦力になって頑張ってくれる」という事。「本当の人間の幸せ、社会をつくるってどうやったらいいんだ」というものまで知的障害者から教わった。これを是非皆さんにお伝えしたいと思います。
【無言の説法:周利槃特】
私は知的障害者の「無言の説法」によって、人間の本当の幸せはどういうことか、そういう社会をつくるにはどうやったらいいか、という気付きを貰いました。お釈迦様のお弟子さんで、更に選ばれた十六羅漢の中に一人、今で言うなら知的障害者がおりました。自分の名前も言えない、説法なんて到底出来ない「周利槃特」という坊さんです。弟子に「何故入れたのか?」と、問われた際お釈迦様は「彼は無言の説法が出来る。寺庭を一心不乱に掃除している姿に、ただ皆が手を合わせているだろう。言葉なくして説法が出来るのは彼だけだ。だから無言の説法のできる彼を加えたのですよ」と言われたそうです。私も「無言の説法」の出来る知的障害者から色々な気付きを貰い、色々な人と巡り合い、それぞれの人から貴重な言葉を頂いたなと思いました。
【障害者採用の最初と現在】
ある時、知的障害者を教育する学校の先生が、当社を訪問され「生徒たちは施設に入ったら一生そこで過ごし、働く事を知らずにこの世を終えてしまう。就職は無理でも卒業まで何日かでも経験させたい」と言われ「一生に一回の経験なら少しお手伝いしてあげなきゃいけないかな」そんな思いになり、二週間だけという約束で現場に入ってもらいました。そしたら、二週間経ち従業員が揃って事務所に来て「15歳ってうちの娘と同じ」「親元を離れて遠い施設に一人で送られちゃうんじゃ可哀想」またこんなエピソードも話してくれました。「初日にお昼のベルが鳴った時、お弁当を食べるベルって教えてなかったので慌てて傍に行って『このベルはお昼のお弁当を食べるベル。手を休めて皆で食べに行きましょう』って肩を叩いて食堂に連れて行った。二日目、ベルが鳴っても一生懸命仕事を続けてる。『昨日言った事、忘れちゃったの?』と叱りかけて肩に触れたら『一緒にお弁当を食べましょう』と言った。二人はベルで休憩するんじゃなく、肩を叩かれたらそれが合図だと。」肩を叩かれなかったからずっと真剣に仕事し続けるのです。
結局従業員がそこまで言うのならと思い、二人の知的障害者を採用しました。
現在、どんな知的障害者でも4つの採用基準となる約束を守れる人を受け入れています。一つ目は、身辺処理(食べたり、排せつ)が周りの応援がなくても一人でできる。二つ目は簡単でもいいから返事ができる。三つ目は言われたことを一生懸命やってくれる人。四つ目は周りの人に迷惑をかけない人。面接の時に「4つの約束を守れますか?」と確認して採用します。採用面接時は必ず、保護者ないし寮の先生の同席を求め、四つ目の「周りの人に迷惑をかけた時」はその場で仕事を即ストップし、家か寮に電話して帰します。本人の口から「もうしないからもう一遍頼んで」という言葉が出るまで、自宅で待機です。この約束を取り付けるために、必ず保護者の同伴をお願いしています。健常者の職員を採用する時も必ず約束を取り付けます。「当社は知的障害者を大勢雇用する会社。障害者になにか仕事をやってもらう時に優しく言うのは当然。いくら優しく言っても分からない時、職員は障害者の能力のせいには一切してはいけない。必ずその人が理解できる段取りを考えるのが職員だ。ただ、どうしても職員が一人で出来ない時必ず上司に報告。会社の職員皆で、じゃあ次の手どう打ったら出来るようになるかと知恵を出し合う。自分一人のせいにせずに」これを職員採用の約束として、取り付けているんです。
【皆働社会】
みんなが幸せになる社会というのは、みんなが働ける社会「皆働社会」です。過保護な中に置く=「施設で大事に面倒を見れば幸せ」じゃない。ある時、お寺の坊さんとお話をする機会がありました。坊さんいわく「人間の究極の幸せは4つ。一つは愛されること。二つ目は褒められること。三つ目は人の役に立つこと。四つ目は人に必要とされること」「障害者の子が施設に居て『あなたが居ないと困る』なんて言葉かけてもらえない。会社であればこそ『大雨の中、来てくれて有難う。助かるよ。』こう言葉をかける。それがその子にとって凄く嬉しく幸せな言葉なんです。福祉施設が人間を幸せにするんじゃなく、企業で仕事をすることによって、幸せになるんです。だから毎日一生懸命来るんですよ」。私は「人間の幸せってそういう事なのか」とその坊さんから教えてもらいました。私は「チョーク屋をやって、いくら頑張ったって大きな会社にはなれっこないんだから、せめてそういう人達を一人でも多く雇用する会社にしよう」と決め、今に至りました。
【障害者の現場:段取り、仕組みの大切さ】
「普通の人がこうやっているから、それを覚えさせる」ではなく、「普通の人と同じに出来ないにしても少しでも役立つように、段取りを作ってあげる事」で上手くいきました。字が読めなくても交通信号の赤と青の色の区別は出来る。赤だから止まり、青だから進む。だから事故も起こさずに会社に独りで来れる。では、色は分かるのだから色でチョーク作りの作業を置き換えたら、本人が材料名や種類が分かんなくても結果として同じ作業が出来た。製品検査も午前・午後のチェックは彼らがし、問題が発生することは全くありません。障害者の中には重度でなくて中軽度の方達も当然学校から来ます。中軽度の子は「字の読めない子達と一緒は嫌だ。もっとちゃんとした人が大勢いる所で一生懸命仕事をしたい」こう言う子は一人二人じゃなかった。知的障害者の中で一つ二つ余分に仕事を覚えられ、周りの子に親切に教えられる子を班長にする「班長制度」を設けた。これによって中軽度の子達の定着率が良くなった。重度の子も「班長さんになりたい」と頑張ってくれる。一人のマネージャーに13人の障害者、でも上手く行く仕組みなんです。
【キットパス】
チョークは粉が出る。ホワイトボードのマーカーでも実は黒い粉が出ています。下に落ちますね。これは必ず空中に飛んでいる。この黒い粉はチョークの白い粉より体に入ったらと恐ろしいものです。当社の製品は、体に入っても安全な粉で作ったチョークです。更に、粉が出てはいけないという事で出来上がったのがキットパスなんです。全く粉の出ないチョークで、マーカーと違い蒸発もせず形ある限り使え、窓ガラスにも書く事が出来る。簡単に濡れ雑巾で消せるから、子供達が落書きを遠慮なくできる。職場だけでなく、教育現場や家庭でも使って欲しいです。
【最後に】
私は仕方なしにチョーク屋になりましたが、仕方なしでも一生懸命やってきたおかげで周りが応援してくれました。今後もキットパスの普及など、まだまだ頑張れる。「利他の歩み」こそ、より大きな自己実現の道で、人の幸せの為に一生懸命すると周りの人が応援してくれて、より大きな自己実現が出来る。そういう信念でこれからも、知的障害者とともに仕事をしていきます。はい、長い時間すみません。有難うございました。
インサイト No.39
2014年9月5日