メンタルヘルスサポートの現場から

 先日、本年3回目のヒューマンキャピタル勉強会を、カウンセラーでもありますコミュニケア・マネジメントの金子深雪先生を講師にお招きし開催いたしました。
 従業員のメンタルヘルス対策は、今人事部門の大きなテーマのひとつです。勉強会当日はご参加の皆さまも簡単なワークを体験されたり、大切なテーマだけに和やかな雰囲気の中にも真剣なまなざしで受講されていらっしゃいました。そんな、勉強会の模様をご報告いたします。

コミュニケア・マネジメント 代表取締役 金子 深雪氏

■ 講 演

■第一部 講演【二つの距離】

 はじめまして、コミュニケア・マネジメントの金子でございます。
 始まる前に皆さんにご質問をさせて頂きます。「本日お隣に座られた方とご挨拶をした方はいらっしゃいますか?いらっしゃいましたら挙手頂けますか?」「あら、少ないですね。有難うございます。」今日、ほとんどの方はお一人でのご参加だと思いますが、実はこれが“職場”でございます。どういう事かと言いますと、私どもには「距離」が2つあるんです。もう一度横にいる方を見て頂いて、今どのくらい離れてお座りでいらっしゃいますか?これが数字「物理的な距離」でございます。それに対しましてもう一つ距離がございまして「心の距離」があるんです。これが親近感、信頼関係の土台になります。この「心の距離」のある人たちの集団、これが組織でございます。最初から好きな人同士が話をして「会社を立ち上げよう!」と確かにそういう会社もございますが、ほとんどはそうではない「心の距離」がある人たちの集団です。更にそこに評価が加わります。評価をする側とされる側。ですので、少しでも自分にマイナスと思われる事、これを隠したいと思うのは人情、本能でございます。

【心の距離】

 最近は「ちょっと具合の悪い方」が増えてきておりますが、顕在化・表面化する時はかなり進行している状態の方が多くなっているというのが、事実なんです。これがなぜか周りは全く気付きません。「心の距離」というのが実は時間では縮まらないというのが分かっております。時間より量でございます。「じゃあ、何の量か?」コミュニケーションの量です。新入社員研修で最初に習うコミュニケーションって何ですか?よく『「報告・連絡・相談」はマメに!』って言われますよね。ところがこの「報告・連絡・相談」は正確に言いますとコミュニケーションではなく「情報伝達」でございます。ですからプライベートな感情を「ぐーっと」抑えます。という事は残念ながら立場・役割がございますので、心の距離は縮まらないんです。“その人らしさ”がちょっと分かる、“自分らしさ”を少し相手に知ってもらう事によって初めて心の距離っていうのが縮まってまいります。

【欝・抑うつ状態】

 今、自殺者が年間3万人を超えています。年間3万人を超えて今年で10年経ちました。つまり10年連続で自殺者が年間3万人を超えている。「交通事故死者がどれくらいかご存知ですか?」約四分の一の年間7000人前後位です。如何に毎日毎日、自分で命を絶たれている方が多いかという事でございますが、その自殺をされる方の7割以上の方がうつ病を発症していると言われております。そして「うつ病」という病気レベルではないのですが、その一歩手前いわゆる「抑うつ」。抑うつ状態と言います。鬱鬱感と言いますか、「なんとなく」。このなんとなくと言うのがある意味一番厄介で、これを「ストレス反応」と言います。病気まではいかないけれどもストレス反応を持ち、なんとなく体調が悪いと言う方。この方達が実は働いている方の25%、4人に1人と言われておりましたが、昨年、一昨年後半辺りからは30%を超えたと言われております。つまり3人に1人。と言う事は極論すると「北海道~沖縄までの事業所と呼ばれる所でこのメンタルトラブルの無い、そういう事業所は1ヶ所も無いだろう。」という事です。

【ケース・1】

 例えば本当に和気藹々としている職場ってあります。ある時に沖縄に呼ばれて参りました。そこでは本当に空気がホンワカしているんです。社員が皆、ニコニコしていますし「ここはさすがにストレスチェックをかけても指数は高くないだろう。」と思いましたが「せっかく来たのだからやりますか」とやってみたらですね、私が今まで経験したワースト5くらいに入る高さでした。「えっ?」と思いましたが、「実はそれだけ仲が良い、表面的には仲が良いっていうのは、この輪から外れられないんです。本来言いたい事でもこの一言を言う事がこの輪を乱すと思うと言えない。ですから皆がお互いを思いやると言う事は悪い事じゃないのですが、その分皆が我慢をし合っているそういう集団なんですよ。」と社員の方はおっしゃいました。特にコミュニティが小さければ小さいほど、そこから抜けられない、抜けたら生きていけないので何とか上手くやっていこう、という方法論です。これは正にですね、大企業であろうと中小企業であろうと部署という一つの集団ですので、その中では一緒です。「わが社ではそういう心配はありません。みんな非常に良い雰囲気の中でやっています。」とおっしゃる経営者の方がいらっしゃるんですが、それは寧ろ見えていない。見ないようにしている。という捉え方が今、必要なんじゃないかなと思います。

【うつ病のタイプ・自罰的と他罰的】

 最近うつ病のタイプが変わってきております。皆様のイメージする「うつ病」とは恐らく「非常にまじめで、責任感があって、周りに色々気を使って、何でも自分の中で溜め込んでしまう。それによってうつ病を発症するケースが多い」と思われています。それに先天的なうつという方も当然いらっしゃいます。ところが、ここ2~3年顕著になってきておりますのが、「新型のうつ病」というのがございまして全くその逆なんです。自己愛が強いタイプ。「私が~、私が~」のタイプですね。「嫌なものは嫌!」、「嫌な人は嫌!」なんです。「嫌な仕事は嫌!」。そういう方たちと面談をして非常に特徴的なのが「くれない」という言葉が多い事です。「言ってくれない」「やってくれない」「教えてくれなかった」「誰も誘ってくれなかった」です。また、発症した後の症状も違うんです。医療機関の方からも教えて頂きましたが、「うつ」の典型的なのは「午前中は動けません」。これはバッテリー切れなんです。うつ病というのは心と体のバッテリー切れです。バッテリーをちゃんと充電して、その後そのバッテリーを上手に使う。使い方を覚えて頂くと再発しないで上手くいく可能性が高いんです。ところがこの「新型のうつ」の場合はそうではなく、「夕方くらいになるとちょっと精神的不安定になってくる」という事です。典型的な「うつ」は「自分が悪い」とかなり自分を責める、いわゆる自己肯定感がかなり下がります。ところがこの「新型うつ」の場合は先程も申し上げましたように「誰々さんが~してくれない。」「上司が~と言った。」と他罰的。つまり自罰的と他罰的という全く逆の症状を示すというのが分かってきております。

【人事の優先事項】

 診療場所は大体会社から30分位離れた場所がベストと言われています。あまり近いところには行きたがらないという統計も出ていますし、それが人情だとも思います。あまり近いと「誰に見られるか分からない」という意識が出ますし、遠いと「通えない」という現実があります。結局行かなくなりますから。あと、女性の社員の方もいらっしゃいますので女医さんもスタンバイさせておいた方がよろしいかと。仕事と直接関係のないプライベートな事が原因で急性のストレス反応をおこした女性の方もいらっしゃいましたが、仕事に影響しますので出来るだけ選択肢を多く持った方が良いですね。カウンセラーが1人で出来る事は限られておりますので、医者や弁護士に委ねる、これを「リファーする」と言います。「これは分野じゃないな。」となったらリファーをする先が無くてはいけません。弁護士さんといえば最近非常に訴訟が多くなってきました。2000年に判決が出ました「電通事件」からガラッと状況が変わりまして、それまで因果関係がハッキリしないという事で企業側が負ける事が少なかったのが、最近企業側が負ける様になりました。今、1件訴訟を起こされると平均賠償額が幾らかご存知ですか?2億円です。それだけでは済みませんよね。企業名も出ますし、損害は計り知れません。ですので社員のサポートが人事の優先事項になったという事です。

【ワークライフバランス】

 うつ=心と体のバッテリー切れです。働き甲斐・生き甲斐を持つ事により変わってきます。ただ単に「こなす」では消耗するだけです。消費時間(興奮)、充電時間(リラックス)。脳が興奮している時間=消費。脳がリラックスしている時間=充電。という考え方です。最近の学会の発表ですが、私達にはバッテリーが2つあるという考え方をご説明します。本来その日消費したものを「寝たり、食べたり」で充電する。うつ病はこれが切れたままの状態ですから午前中は動けません。ただ、もう一つの特徴として午後に元気になってくるという特徴がございます。これは一つのバッテリーが切れたときにもう一つのバッテリーが動き出してくるから。このもう一つのバッテリーというのが生まれた時にフル充電されていて、人生80年とかで使い切るバッテリーです。つまり「寿命」というバッテリーですが、うつ状態だとこれを使ってしまう。一日のバッテリーをきちんと消費・充電することが大切なのです。その一日を見直していくことがワークライフバランスの考え方です。

■第2部「質問会」

Q・カウンセリングの先生にもカウンセリングは必要ですか?
A・はい、カウンセラーにもカウンセリングは必要でメンターの存在があります。心の内を話すわけです。コップ理論で言えば「自分のコップに水が溜まってしまうと人のコップの水をこぼす時間が耐えられない」わけです。口を挟んでしまいます。人の話を聞くには、常に自分のコップの水をこぼしていないといけないわけですが、その相手がメンターです。特に誰でも良いわけですが、カウンセラー同士ではこの重要性を分かっていますので「ちょっと良い?」と来れば「良いよ。」と(笑)。で「実はさぁ~」となるわけですが、この「実はさぁ~」が重要なのです。

Q・表情がおかしい社員に対しての対処法は?
A・まず、ちょっと「変」の「変」は主観であるという事。主観は人によって違いますからご注意下さい。気になった時から記録を付けて下さい。「何月何日遅刻・今までよく話す人が話さなくなる」等の記録です。これが幾つか集まったときに状態のズレが確認出来た訳です。つまり客観的事実を集める事です。次に声を掛けて面談をする時に周りに聞こえない事。そして叱責しないで「最近様子を見ていたんだけど、どこか体調が悪いのか心配なんだ。」と。まずは「体調が心配だ」を前面に出して頂くと人権問題に発展することは少ないと思います。

Q・良い病院、悪い病院の見分け方は?
A・大手の病院はあまりお勧めしません。大きい組織は人事異動があって今までの担当の先生が居なくなってしまうことがあります。特に精神的な繋がりが他よりも大切な分野ですから。単に「手術が上手いから」とは違うわけです。担当が代わるとぶり返す事もありますし、診断待ちの時間が2~3時間というのも良くないと思います。また、内科・診療内科という看板ではなく、精神科の先生がやっている病院が良いです。本来どの分野の先生なのかを確認されると良いと思います。

インサイト No.18
2008年12月18日

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