『料亭とディズニーから生まれたリーダーシップ~私が体感した部下が動く瞬間~』

 3月13日(水)、お客様向け講演会2019年度第1回目を開催致しました。 講師は、プロ野球選手のメンタルトレーナーやおもてなし研修等で活躍中の上田比呂志氏をお 招きしました。上田さんは、大正時代創業の四ツ谷荒木町の料亭「橘家」の長男としてお生まれ になり、女将である祖母から「おもてなし」のイロハを教わりました。大学卒業後、念願だったエ ンターテイメントの本場、フロリダのディズニーワールドにて1年間のディズニーマネジメン トを学ばれました。 いわゆる、日本の「おもてなし」とディズニーの「ホスピタリティー」の融合型を語れる貴重な 存在です。粋で、温かく、ユーモアあふれる講演の要約をお届け致します。

大人の寺子屋縁かいな 主宰 上田 比呂志 氏

■ 講 演

【はじめに】

 今回お招き頂いたヒューマンキャピタル研究所さんとは、私が2011年10月に最初に書きました本「日本人にしかできない『気づかい』の習慣」(クロスメディア・パブリッシング発行)からご縁があり、最新刊「結果を出すリーダーの選択」(2018年3月ナツメ社)の出版を機にお声をかけて頂きました。
 私の実家は新宿区の荒木町というところで大正時代の末期から橘家という料亭を営んでおりました。そのため「おもてなし」というテーマでお話しすることが非常に多いのですが、この「おもてなし」は、自分が生活をしていく上で自然と身についてきたという感覚があります。

結果を出すリーダーの選択(ナツメ社)

【料亭の「おもてなし」リーダーシップ】

 まずは二人の女将の物語というお話をさせていただきます。
女将というのは料亭を仕切っているトップに立つリーダー、経営者みたいなものです。1人目の女将が、この料亭を作った人、私の祖母の上田きよです。この祖母から何を学んだかというと、主に普遍的なこと。商売をして行く上で大切な不易流行、普遍的な「おもてなし」の基礎をそれこそたたき込まれました。
 この祖母はとても厳しい人でした。おばあちゃんとしてはすごく優しいのですが、「おもてなし」ということに関しては厳しかった。うちには当時、家訓がありました。その中に働かざる者食うべからずというのがあって、小学校のころからお手伝いをさせられました。当時私は何をやっていたかというと畳拭きをやっていました。料亭という世界は畳が100畳くらいあるんです。それを一枚一枚丹念におもてなしの心をこめて拭きなさいと言われるんです。一生懸命拭いていると祖母が褒めてくれるんですが、ちょっと手を抜くと見透かされるんです。祖母は拭いているところは見ていないんですが、お客様がいらっしゃる前にお座敷を見て回って、その見て回った感じで見抜いてしまうんです。私は当時不思議でした。後に分かったのが、お座敷というはハコになっていて、お部屋ですよね、床の間があって掛け軸があって机があって座椅子があって、その空間に入ったときに心地よく感じるかどうか、これは何が作るかというと、そこを準備した人の気持ちが作るんですね。これを日本語で「しつらえる」というのですが、この「しつらえ」がちゃんとできてるかどうかを感じていたみたいです。ですから無意識に掃除をすればいいのではなく、そこに心が入っていなければ意味がないんです。祖母はそこを感じていたんですね。

ワークで和気あいあいの皆さん

 ある時、祖母に質問したことがあります。「おもてなしが大事だというけれど、そもそもおもてなしって何なの?」
言葉というのは人は概念で覚えています。それが果たしてどういうことかというのは案外と入ってない場合があります。祖母はこうやって教えてくれました。「おばあちゃんがひろ坊のうちに遊びに行くとしたら何してくれる?」そう聞かれて掃除に厳しい人だから「きちんと掃除しておく」と答えました。「他にも何かしておいてくれるかい?」甘いもの好きだなと思って「それじゃあ、おはぎ用意しておくわ」そう言うと「じゃあひろ坊はおばあちゃんが来るとなると、心を込めて掃除をして好きなものを用意して待っていてくれるんだね。それがおもてなしって言うんだよ。おもてなしって難しいことじゃないんだ。目の前にいるお客様を一番大切な人だと思いなさい。その大切な人がどうやったら喜んでくれるか幸せになってくれるか、それを考えればいい。おもてなしの心とは大切な人をお迎えするときの気持ちだよ」こうやって子どもの目線に立ってわかりやすく教えてくれました。あれから50年くらい経っていますが、私のおもてなしの軸はここにあります。
 このように祖母はおもてなしというものに対してはすごく厳しい人だったんですが、リーダーとしても厳しい人でした。実際にお客様をおもてなしする芸者衆を束ねながらびしびしと鍛えるわけです。どちらかというと「指導型のリーダーシップ」でした。叱りつけながら指導してい
く昔ながらのリーダーシップでした。
 2人目の女将は、これは2代目の女将、私の母です。彼女のリーダーシップの仕方というのは全然違ったんですね。よくこんなことを言っていました「働くというのは、端(はた)を楽(らく)にすることなんだ。自分だけ幸せになっていたらダメだよ。お客さんはもちろんだけど一緒に働いている人、自分の身の回りの親・子・兄弟、みんな幸せになっているか、みんな楽になっているかどうかというのが働くということなんだ」母のリーダーシップは、芸者さんたちを褒めながらモチベーションを上げていくんですね。「あんたたちがいるから橘家が成り立っているんだ。一緒に幸せ掴んでいこうね」とよく言っていました。祖母と真反対の「共感型リーダーシップ」です。みんなでチームワークを組んで一緒に幸せを掴んでいこうというのが母のリーダーシップだったんです。ですので祖母ともよくぶつかっておりました。当時は時代の変遷で料亭というものがだんだんと下火になってきていました。時代の流れと共に接待というものがゴルフなどに移っていったんですね。そんな時代に芸者さんを叱咤激励しながらやっていくリーダーシップでは通用しなかった。みんなでスクラムを組んでお客様を受け入れるというリーダーシップを彼女はしていきました。時代に合わせて変わっていかないと橘家の伝統というものを守っていけなかったんですね。伝統は常に革新によって守られます。
いかに革新をしていくか。その革新がない企業は潰れていくのではないかというのを、小さな小さな料亭という世界の中から私は見てきたということなんです。これは大きな企業であろうが小さな料亭であろうが本質というものは同じような気がします。

【ディズニーの「ホスピタリティ」リーダーシップ】

 私は就職してフロリダにあるウォルトディズニーワールドに行くわけなんですが、なぜディズニーに行ったかというと、やはり接客業の世界で育ってきましたので人を楽しませる仕事をしたいと思うようになったからです。人を楽しませる仕事の究極は何だろうと思ったらディズニーだったんですね。ディズニーはアメリカが本場だからアメリカで働いてそのノウハウを学んできたいと思いました。当時はどうやってディズニーに行くか分からなかったのですが、たまたま就職するときに三越がディズニーと提携して研修制度を採り入れることになったんです。ちょうど私の入社の年からです。私はディズニーに行くために三越という企業に入りました。三越でも多くのことを学んだんですが、三越をステップにしてアメリカのディズニーに行ったわけなんです。
 ディズニーの理念は全てのゲストをハピネスにするというものです。これが経営理念なんですが、お客様に提供する2つの価値というものを説明しなければなりません。1つ目の価値は「機能的価値」というものです。これは商品やサービスそのものからお客様が当たり前に享受できる価値です。もう1つは「心理的価値」といって、商品を持つ、使用する、サービスを受けることで得られる精神的な満足ということです。ディズニーは心理的価値、精神的な満足を提供するということに力を入れています。
 では、ディズニーではどのようなリーダーシップをとって、この心理的価値を生み出しているかということについてお話しします。ディズニーで学んだリーダーのあり方は、職場や働く人がいる場所を最高の居場所にしていくことです。なぜかというと結局、接客している人はディズニーの場合は90%以上がアルバイト、そのアルバイトが接客するんです。現場の人達が接客する以上、この人たちが気持ちよく最高の居場所でいきいきと働いていないと、人を接客で楽しませることはできないわけです。自らが潤っていない人が人の心を潤すことはできません。いかに働く人にとって最高の居場所をつくってあげるかなんです。つまりCS(Customer Satisfaction)を行うために徹底的なES(Employee atisfaction)をやっているんです。
 働く場所を最高の居場所にするためのキーワードはコミュニケーションでした。コミュニケーションで大切な要素はなんでしょうか。私がディズニーで大切にしていた2つの要素は「笑顔」と「想像力」です。「笑顔」が大事というのは分かりますよね。「想像力」というのは、相手の今の状態を想像して相手が弱ってるときには言わない方がいいなとか、ここぞというときに言ってあげた方がいいなとかは、相手の状態を想像してみないとわからないんです。自分の感情で言ってしまうと、言うべきでないときに言ってしまうことがあります。それは結果として伝わらないんです。相手にきちんと伝えるためには相手の今の状態を想像しながら言ってあげるということが大事です。
 もう1つ、部下にポジティブに働いてもらうためには、指示命令だけではなく質問して気付き合い行動を促進してあげるというのを意識していました。教えすぎるということは実は相手の思考を奪うということなんです。言わないと動いてくれないとか、言った以上のことをやってくれないとか、そんなご相談を受けることがあります。それはあまりにも教えすぎていませんか、と私は言います。あれやれ、これやれ、その方
が簡単で楽なんです。指示してその通り動いてくれた方が。これがあまり行き過ぎてしまうと指示待ち人間を作ってしまう。そういう風に育ててしまうんです。人材育成は、人材を「育み」「成り立たせる」と書きますよね。この育むと言う字がポイントで、育むためにはちょっと我慢して質問して思考させるということが大事です。教える(ティーチング)と気付かせる(コーチング)を上手く組み合わせながら、状況に応じ
た対応を自ら考え行動させていく。新入社員の場合は圧倒的に教えることの方が多いです。最初は知らないわけですから。でもいつまでも教えてばかりいたら育たない。育むためには質問して思考してもらうということが大切なんです。質問すると質問を受けた人は考えます。時間がかかって面倒くさいなあと思っても、考えさせるということをやっておくと自分で考えて結論を導き出すという習慣ができています。人から言わ
れたことってやらされ感がありますが、自分で考えて結論を出したことってモチベーションが落ちません。ポジティブにやります。いかに導いてあげるかなんです。もちろん教えるべきことは教えるんですが、自分で可能性のあるヒントを投げてあげる、それがリーダーの役割だと考えます。
 私はこうして、純日本型「料亭のおもてなしリーダーシップ」とエンターテイメントの本場ディズニーの「ホスピタリティーリーダーシップ 」の両方を経験させてもらいました。
 経済学者ではないので正確にはわかりませんが、来年のオリンピックが終わってしまうと、日本だけでなく、アメリカ・中国を含めてこの先大きな拡大には至らないと思います。社員ひとりひとりの結束力が企業の発展を左右するはずです。今日の話は、そんな社員の先導役となるリーダーの皆さんに少しでも参考になれば幸いです。

インサイト No.58
2019年6月25日

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